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観客からの手紙:「私はもう迷わない」      
作者 悠然

2008年8月、それは私にとって大変重要な月日となった。同時に人生の転機であり、新たなスタートでもある。

中国共産党による誹謗中傷により、私はかつて法輪功に批判的だった。しかし夫は法輪功の学習者である。結婚前から彼はいい人だと深く理解していたので、あとでゆっくりと彼を説得すればいいと思い、固い決意で彼に嫁いだ。結婚後の彼は非の打ち所がないほどすばらしかった。彼は永遠に悩みなどとは無縁のようすで、楽観的、且つ前向きであった。私がどれほど理不尽にわめきちらしても彼は許してくれ、しかもこれまでどおりやさしく接してくれた。彼の苦心の忠告により、私は徐々に法輪大法への理解を深めていった。

すべてはあの真実の映画「震撼」から始まったのだ。そこにはどきどきするようなストーリーもなければ、巨額の費用で作り上げた壮大な場面もない。そしてあまたのスターによるきらびやかな演技も見られない。だがこの作品は真実の物語を通して、涙を誘い、そして人の魂を揺さぶるのだ。

私はかつてしょっちゅう、男女の情をしみじみと描いた長編ドラマに号泣した。しかし、何日もたたないうちにすっかり忘れてしまい、時に思い出しては我ながら苦笑していた。だが、今回は違う。最初、私は、彼女らはなんと愚かだと思い、それからなんと頑固だと思った。でも、徐々に心の底から敬意の念が自然と湧き上がってきた。限りない敬意、という言葉以外に、当時の私の気持ちを表現の仕様がない。その晩、私はなかなか眠りにつけず、寝返りを繰り返していた。何かが分かったような、でも分からないような。人の心があれほどまでに無垢で清らかとは。ヒロインと私の主人は似ている。このように、ようやくだんだんと彼を理解し始めたのだ。彼らがすばらしいのはすべて法輪大法のおかげだったのだ。これはどのような力?どういうこと?いったいなぜ?私にはまだそのなぞが解けない。しかし、これは自信を持っていえる。彼女らは善人であり、私の主人もそう、彼らもみなそう、そして彼らは間違ってはいない、ということ。私はその「なぜ」を知らなければならないのだ。

その後、「転法輪」は私の毎日の必読書となった。それからというもの、私にはもう迷いなどない。そして空虚でさまよい、目標も追い求めるものもない自分とも縁を切った。そして新たな人生観と価値観の元、まったく新しい自分がスタートしたのだ。私にはまだまだ至らないところが多いし、スタートを切ったに過ぎない。けれど、少なくとも私には分かったのだ。本当に正しいものと間違っているもの、よいものと悪いもの、善と悪、美しいものと醜いもの、そして何をすべきか、すべきでないのか、ということが。また、人生の本当の意義にも気づけた。だからこの道をひたすら歩んでいくつもりだ。
神洲映画製作所 http://www.shenzhoufilm.com/sz/jp/2008/09/26/a100026.html 2008-9-26 21:15

感想発表






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