神韵晚会 http://shenyun.us

GoodSearch: You Search...We Give!
トップページ > 映画評論
> 欧米映画評論 >

「タイタニック号」を語る      
雪莲

1997年に上映された『タイタニック』は不朽の名作といってよいだろう。というのも、いまだに、これを超えるハプニング映画は現れていないという考えが根強いからだ。現在の映画と比べると、この作品で駆使された撮影技術はいささか見劣りする。しかし、多くのCG、壮大な場面、華麗な衣装に、あの時、誰もが圧倒された。最も印象深いのはジャックとローズの美しい愛、そしてあの名曲「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」。数年のときを経て、再び友人とこの作品について語らうとき、あの海底に投げ捨てられた「碧き海のハート」を惜しむ人がどれほど多いかに、ようやく気づかされた。

事実、現実の豪華客船タイタニック号は1912年の処女航海で氷山に激突。これはもっとも有名な海難事故となった。映画はこれに基づき改編。しかし多くの観客の涙を誘ったローズとジャックの恋物語は完全な虚構。あの大変な値打ちのある「碧き海のハート」さえも存在しないのだ。したがって、この作品に着目するとき、われわれは恋と金、この二つを超越しなければならない。

作品の冒頭で描かれるのはこの豪華客船。特に、特等船室の設計は豪華ホテルのよう。それは大富豪たちの誇りであり、一族の羽振りのよさの証でもあった。彼らの考えでは特等船室に泊まれる自分たちは人よりぬきんでている、だからそれを誉れに感じていたのだ。ゆえに、二等、三等船室の人との接触を拒んだ。彼らは互いに強いライバル心を戦わせる。そして、あの手この手を使い、役に立つ人材を自分のほうへと引き抜こうとした。表面的な派手やかさに秘められた冷たい心。彼らにとって、利益は唯一の目的かのよう。しかし、彼らにとって思いもかけないのは、災難の前では一文無しの貧乏人も彼らもなんら変わりはない、ということ。作品中で、地位と金を象徴する柱時計が海へと沈む場面。それは、彼らは貧乏人よりももっと哀れだと感じさせた。たしかに彼らは一生をかけて追い求め、奮闘し、時にはなりふり構わぬ結果、莫大な富と地位を得た。けれど、その結末はリュックサック一つの貧乏人と違いはないのだ。記録によれば、本物のタイタニック号で、ある富豪の死体が発見された。彼は、船が傾き海底に沈むまで、宝石がぎっしり詰まったケースを強く抱きしめていたという。なんと悲しいことか!

作品にはこんな一幕も。ジャックがローズの自画像を画いてあげている時、カメラは若いローズの非の打ち所のない美貌を映し出す。その瞬間に90過ぎの老いた彼女のしわだらけの顔へと切り替る。人の一生というのはこの切り替ったシーンのように一瞬のものなのではなかろうか?年老いたローズは「碧き海のハート」を海底へと投げる。もしかしたら、彼女は自分の一生を通じて何かを悟ったのかもしれない。あるいは、お金は幸せを図るものさしではないと感じだのかも。だから、自分の子や孫には金銭の追求に埋没してほしくなかったのではないか?あの「碧き海のハート」が海へと沈んだあとの彼女の表情。まるで、それは何かから解放されたような、安心しきったようす。これこそがわれわれ観客を想像の世界へと導くのだ。

もし、災難が逃れようのないものだとしたら、災難が起こる前に人の忠告を聞かなかったため引き起こされた死は、人為的といえよう。タイタニック号が出航する前、船長は救命ボートが不足しているとの情報を得ていた。しかし、船長は「永遠に沈まないタイタニック号」説に過信し、その忠告に一切耳を貸さなかった。その結果、あの災難の発生後、救命ボートが不足したために、多くの死傷者が出た。タイタニック号の災難は船長の誤った見通しにより引き起こされた、あるいは乗客には選択の機会がなかったという人がいるかもしれない。しかし、今この世界では、誰しもが自分の未来を選択する機会を持っている。もしかしたらある日、まもなく訪れる災難を避ける方法を教えてくれる人が現れるかもしれない。そのとき、あなたはしばし自分の追い求めるものを脇に置き、じっくりとその忠告を考慮するだろうか?
神洲映画製作所 http://www.shenzhoufilm.com/sz/jp/2008/12/04/a100059.html 2008-12-4 15:05

感想発表






* 書き込まれた内容は投稿者個人の感想であり、神洲サイトの意見を代表するものではありません。