映像作品と衣装
天昊
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さわやかな風と雅な調べと共に、神洲の大舞台の幕が開いた。
彩雲が衣装に絡みつき、ひらひらと舞う両袖からは古風が吹き抜ける。
衣装が垂れ、天下が治められ、身なりと礼節が広く伝わる。
戻ってきた中華民族伝統の衣装、そのけがれのない美が蓬莱を照らす。
あるときは天子、またあるときは臣下。あるときは天の人、またあるときは地の民。
王朝と共に変遷してきた衣装。
天からやって来た古風、清純。
衣装が垂れ、天下が治められる。
衣装が受け継がれ五千年。
中華の美は万代続く。
神洲礼韻は天へと突き抜ける。
これは新唐人テレビ主催のコンテストにおける、中国伝統衣装を賛美する歌。作者は飄々としたスタイルで中国伝統衣装の境地を明快に謳い上げている。衣服は単なる日用品というだけではない。同時に、文化を象徴し、その人の修養を体現し、また道徳をはぐくむものでもある。一方、映像作品は、総合性の強い視聴覚芸術のひとつとして、社会のファッションセンスへ多大な影響力を持つ。
波乱に富んだストーリーや俳優の生き生きとした演技。特に、アップになった出演者の衣装は、色とりどりの華やかさという芸術的効果もプラスする。しかしもっと大切なのは、衣装で体現される登場人物の性格や気持ち。これも、一部の映画祭で衣装デザイン賞が設けられているゆえんであろう。
これら衣装は作品中の人物像に貢献するのみならず、また同時に観客の考え方にも影響を及ぼす。確か、韓国ドラマ『青春』にはこんなひとコマが。張東建演ずるパソコン会社の新入社員の出勤初日のエピソード。社長の目はまず、彼の耳に釘付けに。なんとも解せないでいる新入社員。すると、社長は厳しい口調で耳につけているイヤリングをはずすよう、彼に命令。それから、イヤリングのはずされた彼の耳を見てうなずくのだ。知らぬ間に、このシーンは一種の道徳観を体現し、青少年への教育的役割も果たしている。その逆なのが『海角七号』。この作品中でも、同じくイヤリングをつけた男性主人公が登場。しかし、残念なことに作品中では、当然のごとく処理されている。結果的に、道徳観の退廃に手を貸すことになってしまっている。
アメリカの大部分の流行ファッションはハリウッド映画の影響を受けている。たとえば作品中の衣装が社会へ与える影響。この一点だけでも、映像芸術がどれほど人々の善悪、良し悪しの価値観へ深く影響しているのかが見て取れる。昨今の芸能界で流行の言葉、それは「映画はプロデューサーにとって自己表現の方法だ。」このため、芸術とは言えない、いわゆる抽象派の「新スタイル」が銀幕にあふれかえっている。彼らプロデューサーの目的とは?それは、興行成績のため、賞の獲得のため、あるいはただ自己表現のため。そして彼らが、時代の波に追随するコツをつかんだとき、映像芸術の道徳と責任が忘れ去られ、同時に彼らの芸術家としての価値が失われ始める。けれど世の中の正道が消えることはない。このたびの伝統服回帰のように、人々は心の奥底で美しく正当なものを待ち望んでいるのだ。そして徐々に伝統的な正道へと歩みを進めている。
神洲映画製作所 http://www.shenzhoufilm.com/sz/jp/2008/12/04/a100060.html 2008-12-4 15:21


