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映画「十戒」を鑑賞して       
雪蓮


映画『十戒』は1956年パラマウント社によって制作された作品。そこで描かれたのは、旧約聖書に記載されている、ユダヤ人を引き連れたモーセが神エホバから十戒を授かるというストーリー。主人公モーセを演ずるのは、映画界の帝王と呼ばれた故チャールトン・へストン。『十戒』は、傑作映画と言っていいだろう。と言うのも、あのコンピュータグラフィックのない時代、きわめて迫力のある場面で、アカデミー音響効果、編集、衣装デザイン、撮影、美術デザイン、作品、特殊効果などの多くの賞にノミネートされたからだ。したがって、これは、一度は見ておくべき傑作と言えよう。

このほか、『十戒』は早くからアメリカ国家映画保護局に保管されている。この点からも、その確固たる地位が見て取れる。アメリカは宗教を信仰する国であり、大多数の人が神の存在を信じている。したがって、聖書をもとに映画化された十戒がこれほどまで重視されるのだ。神の存在を信じるということ、それは自然と、因果応報、つまり悪事をすれば神に罰せられることを信じることにもつながる。一方、世界のその他の国では、たとえば中国本土では、その権力者共産党は自らの利益のために、人々に一切の信仰を放棄するよう強制している。そして、中国古来の、神から伝わってきた文化を破壊した。さらに、多くの若い大学生は、依然として聖書を信じる同年代の人たちをあざ笑いさえするのだ。神の存在を信じなければ、人の悪事に歯止めがかからなくなってしまう。これこそが近年、耳を疑うような事件が頻発している根本原因なのだ。

けれども、神の存在を信じないからといって、神が存在しないわけではない。十戒では、モーセは紅海を真っ二つにし、ユダヤ人に海底を渡らせる。このシーンには、現在のCGが使われていないが、今でも見る者をどきどきさせ、神の力を感じさせる。百万の軍隊を持つエジプトのファラオであっても、神の意思に打ち勝つことなど不可能。エジプトを襲った「ナイル川の水が血に染まる」という災難はまさに、ファラオが神を中傷する言葉を述べたために引き起こされたのだ。ゆえに、中国共産党の訴える「天、地と戦え」など、すこぶる馬鹿げた言い方だ。自然災害に襲われたとき、中国共産党は自らの統治上の問題を反省することなく、逆に災害と戦うよう全国民に訴える。実際、国のあらゆる災害はみな、統治者の徳の無さから起こっているのだ。古来から、人々の支持を得た統治者は、国におだやかな気候と毎年の豊作をもたらしてくれたもの。だが、今年中国本土で発生した大雪、地震、列車の衝突、手足口病、これらが意味しているものとは一体?

『十戒』は単なる映画作品というだけでなく、神の存在の証拠でもある。エジプトのファラオはずっと、モーセの長男が死んでしまうよう、呪いをかけていたが、それが自分の息子の身に降りかかった。疫病に冒され、なんら抗う事すらできず亡くなったのだ。さっきまで立っていたのに、急に倒れこむほどの速さで。あの場面は本当に悲惨。これも、人には神の意志を変えることなどできないことを十分に証明している。神の人に対する罰は、人間には思いもよらぬものなのだ。中国本土で共産党がやってきた多くのことはもうすでに神の許容範囲を超えている。それでは、そこで生活する普通の市民も共産党と共に葬られることになるのだろうか?
神洲映画製作所 http://www.shenzhoufilm.com/sz/jp/2008/12/17/a100075.html 2008-12-17 14:39

感想発表






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