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映画『2012』の「矛盾」から映画『永遠』を連想して

物欲に満ち溢れた、全て現代化されたこの時代に、殆どの人は何ということなしに歴史を忘れようとし、予言を度外視している。映画『2012』は世に問い、警鐘を打ち鳴らして現代人を戒め、2012年、古代マヤが言う終末の年に地球は滅亡するという予言を取り上げ、大災害を直面する人類が成す術もなく方に暮れたストーリーを政治家、科学者、軍事評論家、教育家、芸術家、商業界及びあらゆる人々の前で繰り広げた。

『2012』は今年11月に上映されたハリウッドヒット映画で、スケールの大きな映画を製作することで有名な、アメリカで活動するドイツ人映画監督ローランド・エメリッヒ(Roland Emmerich, 1955年11月10日 - )が監督した。彼は壮大なスケール、最新映像技術、臨場感に満ちたシーンを多く使用して、地上の全人類を結び付けた。地球を襲う惑星規模の災害を描くディザスター・ムービーを手掛けた監督は世界の観衆を驚愕させた。しかし、これほど数多くの観衆を驚かせたのはスリル満点なトリックシーンではなく、監督が取り上げた全人類の安否に関わるこの話題自身が世界の人々を震撼させたのである。ところが、映画は最後の最後まで、観客を納得させて、人類は自分自身を救いだせる回答をくれなかった。これは、観客が見つけだし、解決しなければならない課題なのかももしれない。
 この映画に多くの疑問・矛盾を仕掛けた監督はまず、風刺的に中国政府が特殊証書を所持する百万長者を連れ出したが、そこに居合わせた一般の人たちを放置した、また動物を確保するために飛行機を動員し運んだが、危地に置かされた人間を見捨てるシーンを描いていた。この場面は雪山での設定だったので、場面に映しだされた厳しい寒さはリアルにスクリーンから観客に襲いかかる。また、そこで監督はこの作品のヒロインの口を借りて、人類の殺し合いは止めてこそはじめて自らが救われるメッセージを重々しく伝えた。そのうえ、監督自身が人類の基本な道徳観念を重視していることは著しく感じ取ることができる。その観念は作品の登場人物の生死を左右して表現されている。例えば、貪欲の百万長者は準備万端だが、最終的にこの災難から逃れることはなかった;不倫カップルもこの災難で淘汰され;新紀元の曙光を迎えることできたのはやはり登場した普通の家庭の家族4人であった。しかし、監督自身にも説明できないのは、この映画の核心となった:最終、予想外に人類の救われる希望は「中国」―あの監督が徹底的に暴露し、冷淡かつて残酷な場所に在り、そして、あの場所は一体どうして世界の希望の星になったことだった。この映画に貫かれた道徳観念を用いても説明し難いことであろう。

ひょっとして、これは監督が観衆に与えてくれた解釈する余地なのかもしれない、若しくは、監督が故意に自分の困惑を描いたのかもしれない、それとも監督は無意識に自己矛盾を漏らしたのか。けれどこの課題は確かに大変大きい、ならば、監督の曖昧な回答にケチをつけないで、感謝の気持ちで映画を鑑賞し、監督にこのような厳粛なテーマーを我々のために取り上げてくれたことに感謝した方がよいのかもしれない。

この課題を探求したいのなら、もちろん天機を喝破できるような妙薬を追い求めること不可能であるが、今時の中国をちょっと関心を寄せて見ると。キーワードは中国にある以上、現在中国で何が起きているのかを知ってこそ初めて「ノアの方舟」を見つけられる。思わず、神洲映画製所の新作映画『永遠』を思い出した。その映画は、ある人は一人の記者としての視点から、中国現代社会の現状を観察、ある感動的な体験を通じて、中国の脱退ブームの勢いとその必然性を理解した話で。中国にとって、現在最も重要なことは閉鎖と抑圧の下で箱舟をつくることではなく、「脱党して平安を守る」を慈しみ、力限り叫ぶことだとその映画を通じて発信した物である。

『2012』は、少数の人類は未来の曙光を迎えることできた結末だったが、世界中を恐怖のドン底に落とした。『永遠』は悲劇映画だが、鑑賞した人々はおのずと何かを悟ることが出来、心に希望と安堵感が満たされるのである。ひょっとして、人々の心の奥底で慈悲なるパワーを感じ取ったのかもしれない。

神洲映画製作所 http://www.shenzhoufilm.com/sz/jp/2010/01/15/a100152.html 2010-1-15 05:39

感想発表






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